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東京地方裁判所 平成8年(ワ)25440号 判決

原告

破産者甲野太郎破産管財人

宮田眞

被告

株式会社アイ・ライフ

右代表者代表取締役

小澤尚夫

右訴訟代理人弁護士

茂木洋

被告

近藤内燃機工業株式会社

右代表者代表取締役

近藤鋕一

右訴訟代理人支配人

近藤稔

主文

一1  被告株式会社アイ・ライフは、別紙物件目録一記載の土地について、別紙登記目録一記載の根抵当権設定仮登記の抹消登記手続をせよ。

2  被告株式会社アイ・ライフは、別紙物件目録二記載の建物について、別紙登記目録二記載の根抵当権設定仮登記の抹消登記手続をせよ。

二1  被告近藤内燃機工業株式会社は、別紙物件目録一記載の土地について、別紙登記目録三記載の根抵当権設定仮登記の抹消登記手続をせよ。

2  被告近藤内燃機工業株式会社は、別紙物件目録二記載の建物について、別紙登記目録四記載の根抵当権設定仮登記の抹消登記手続をせよ。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

(以下において、当事者等の呼称は、被告株式会社アイ・ライフを「被告アイ・ライフ」、被告近藤内燃機工業株式会社を「被告近藤内燃機」、訴外甲野太郎を「訴外甲野」、その実弟である訴外甲野二郎を「弟二郎」又は単に「二郎」、同人の経営する会社である訴外有限会社サン・ベラージュを「訴外会社」ということとする。)

第一  原告の請求

主文第一、二項と同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告アイ・ライフに対する請求

(一) 訴外甲野の支払停止

訴外甲野は、弟二郎及び同人の経営する訴外会社の連帯保証人であったが、訴外会社が平成八年二月五日及び六日に不渡りを出して銀行取引を停止されたのに伴ない、同月五日の時点で破産申立てをすることを決意し、自らも支払を停止した。その後、破産者甲野は、破産を申し立て、同年五月三〇日に破産宣告を受けた。原告は、破産者甲野の破産管財人に選任された。

(二) 対抗要件充足

平成八年二月九日、被告アイ・ライフは、破産者甲野の所有する別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)に別紙登記目録一記載の根抵当権設定仮登記(以下「本件仮登記一」という。)を、破産者甲野の所有する別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)に別紙登記目録二記載の根抵当権設定仮登記(以下「本件仮登記二」という。)を経由した。

(三) 原因行為後一五日経過後の対抗要件充足行為

本件仮登記一及び二は、破産者甲野と被告アイ・ライフとの間の平成八年一月六日付けの根抵当権設定契約に基づき、同設定契約から一五日間を経過した後にされた。

(四) 対抗要件充足時の悪意

被告アイ・ライフは、平成八年六月六日に債権届出を行っているところ、右届出には別除権に関して何らの記載もない。これは、被告アイ・ライフが本件仮登記一及び二が否認の対象になることを自認しているものにほかならない。したがって、被告アイ・ライフは、本件仮登記一及び二の際、訴外会社が銀行取引停止となり、破産者甲野、その弟二郎及び訴外会社が支払を停止したことを知っていた。

(五) 原告は、被告アイ・ライフの本件仮登記一及び二を否認した。

(六) よって、原告は、被告アイ・ライフに対し、本件土地建物の所有権及び否認権行使に基づき、本件仮登記一及び二の抹消登記手続を求める。

2  被告近藤内燃機に対する請求

(一) 破産者甲野の支払停止

1の(一)と同じ。

(二) 対抗要件充足

平成八年二月九日、被告近藤内燃機は、本件土地に別紙登記目録三記載の根抵当権設定仮登記(以下「本件仮登記三」という。)を、本件建物に別紙登記目録四記載の根抵当権設定仮登記(以下「本件仮登記四」という。)を経由した。

(三) 原因行為後一五日経過後の対抗要件充足行為

本件仮登記三及び四は、破産者甲野と被告近藤内燃機との間の、訴外会社を主債務者とする平成七年一二月一四日付及び平成八年一月一八日付けの連帯保証・根抵当権設定契約に基づき、同契約から一五日間を経過した後にされた。

(四) 対抗要件充足時の悪意

被告近藤内燃機は、右(二)の各根抵当権設定仮登記の際、訴外会社が銀行取引停止となり、破産者甲野、その弟二郎及び訴外会社が支払を停止したことを知っていた。

(五) 原告は、被告近藤内燃機の本件仮登記一及び二を否認した。

(六) よって、原告は、被告近藤内燃機に対し、本件土地建物の所有権及び否認権行使に基づき、本件仮登記三及び四の抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告アイ・ライフ

被告アイ・ライフに対する請求原因(一)の事実のうち、破産者甲野が平成八年二月五日の時点で破産申立てを決意し支払を停止したことは不知。

被告アイ・ライフに対する請求原因(二)、(三)、(五)の事実は認める。

被告アイ・ライフに対する請求原因(四)の事実は否認する。

2  被告近藤内燃機

被告近藤内燃機に対する請求原因(一)の事実のうち、破産者甲野が平成八年二月五日の時点で破産申立てを決意し支払を停止したことは不知。その余の事実は認める。

被告近藤内燃機に対する請求原因(二)及び(五)の事実は認める。

被告近藤内燃機に対する請求原因(三)のうち、平成七年一二月一四日付及び平成八年一月一八日付の連帯保証・根抵当権設定契約があることは認めるが、本件仮登記三及び四は、平成七年一二月一四日付けの根抵当権設定契約に基づき設定されたものである。

被告近藤内燃機に対する請求原因(四)の事実は否認する。

三  被告らの主張

1  被告アイ・ライフ

被告アイ・ライフは、平成八年二月八日ころに、訴外会社が不渡手形を出したとの情報に接して本件各仮登記を経由したもので、破産者甲野及びその弟二郎が支払を停止したことは知らなかった。

2  被告近藤内燃機

被告近藤内燃機は、平成八年一月一八日に、破産者甲野との間で、訴外会社が手形等の不渡を出した場合に、同被告は根抵当権設定仮登記申請をすることができる旨の特約を結んでいたから、破産法七四条一項所定の期間の起算日は、訴外会社が不渡を出した平成八年二月五日である。したがって、本件において同条項所定の期間は経過していない。

理由

一  次の事実は、当事者間に争いがない。

破産者甲野は、その弟二郎及び同人の経営する訴外会社の債権者に対し、連帯保証人となっていた。訴外会社は、平成八年二月の五日及び六日に不渡りを出して銀行取引を停止された。その後、破産者甲野は、東京地方裁判所に自己破産を申し立て、同年五月三〇日に破産宣告を受けた。原告は、破産者甲野の破産管財人に選任された。

同年二月九日、被告アイ・ライフは、破産者甲野の所有する本件土地に本件仮登記一を、破産者甲野の所有する本件建物に本件仮登記二を経由した。そして、同日のうちに、被告近藤内燃機もまた本件土地に本件仮登記三を、本件建物に本件仮登記四を経由した。

本件仮登記一及び二は、破産者甲野と被告アイ・ライフとの間の平成八年一月六日付けの根抵当権設定契約に基づき、同契約から一五日間を経過した後にされた。本件仮登記三及び四は、破産者甲野と被告近藤内燃機との間の平成七年一二月一四日付けの根抵当権設定契約に基づき、同契約から一五日間を経過した後にされた。

原告は、被告アイ・ライフに対し、本件仮登記一及び二を否認し、被告近藤内燃機に対し、本件仮登記三及び四を否認した。

二  仮登記行為の否認について

本件における否認の対象は仮登記手続という行為であり、破産法七四条一項の「権利の設定、移転又ハ変更ヲ以テ第三者ニ対抗スルニ必要ナル行為」に当たる行為といえるか否かが一応問題となるが、仮登記といえども、後に本登記に改められれば、仮登記のされた当時に遡って対抗力を生じ、破産財団に対して権利の設定、移転又は変更を生じたのと同様の結果を招来することになるから、結局のところ、本登記と径庭はなく、また、後の本登記のされるのをまって初めて否認の対象になり得ると解するのは、破産財団の範囲をめぐる紛争の解決をいたずらに遅延させ、ひいてはこれを複雑化させる原因となるから、仮登記もまた同条項の対抗要件充足行為に該当するものと解される。

三  破産者甲野の支払停止について

支払停止とは、弁済資金の融通がつかないために、一般的かつ継続的に債務を弁済することができない旨を明示又は黙示的に表明する債務者の主観的な態度を指称するものであるが、破産者甲野は、平成八年二月四日に債権者対策のため密かに住所を移転しており(甲二二、二三、二四、証人甲野)、破産者甲野のそうした行為は、破産者甲野が弁済資金の融通がつかないために一般的かつ継続的に債務を弁済することができない旨を黙示的に表明したものということができるから、破産者甲野は平成八年二月四日の時点で既に支払を停止したものというべきであり、いずれにしても、破産者甲野は、その弟二郎の経営する訴外会社の不渡りのあった同月五日及び六日の時点では明らかに支払を停止したものというべきである。

四  被告アイ・ライフの支払停止に対する悪意について

被告アイ・ライフは、同被告が本件仮登記一及び二を経由した時に、同被告は破産者甲野の支払停止につき悪意ではなかったと主張する。

しかし、証拠(甲二の1、9、10、二〇の10、証人甲野、同田中の証言)並びに弁論の全趣旨によれば、被告アイ・ライフの従業員である田中康廣は、平成八年二月八日夕刻に破産者甲野に緊急の連絡をとろうとしていたこと、この時点で、破産者甲野は、債権者の押し寄せるのを警戒して、既にそれまでの住居から他に移っていたこと、同年二月九日朝の電話で右田中は二郎の居場所を尋ねていること、その際、田中は二郎宅に第三者が入り込んでいることを知っていたこと、右電話で田中が支払を催促したとき、破産者甲野は、「数社保証していて、額が分からない。」「自己破産の申立てをする。」と回答したことが認められるのであるから、田中は本件仮登記一及び二の手続をした同年二月九日の時点で破産者甲野が支払停止をしたことを知っていたものと認めることができる。

したがって、原告のアイ・ライフに対する請求は、いずれも理由がある。

五  被告近藤内燃機に対する請求について

1  被告近藤内燃機の破産者甲野の支払停止に対する悪意について

証拠(丙五)並びに弁論の全趣旨によれば、被告の融資担当者の白石輝男は、平成八年二月五日に訴外会社振出しの小切手が不渡りとなり、訴外会社・その代表者二郎らが連絡不能となり、同月九日に破産者甲野から電話があり「自分も多額の保証をしているので、自力では返済できないので自己破産する心算だ。」と聞き、これによって、後述の承諾書の特約条項の「小切手、約束手形の不渡の場合」に当たる事由が発生したとして、本件仮登記三及び四の手続をしたことが認められる。

そうすると、被告近藤内燃機が本件仮登記三及び四の手続をした時に、破産者甲野の支払停止について悪意であったことは明らかである。

2  原因行為後一五日経過後の仮登記か否かについて

被告近藤内燃機は、破産法七四条一項所定の期間の起算日は権利変動の効果を生じた日であるところ、本件においては、被告近藤内燃機と破産者甲野との間に前記特約(第二の三の2参照)があるから、同条項所定の期間は、被告近藤内燃機が対抗要件を充足することが可能になった日である訴外会社が手形不渡りを出した平成八年二月五日から起算すべきであると主張する。

破産法七四条一項は、支払の停止又は破産の申立があった後に対抗要件を充足する行為がされた場合において、その行為が権利の設定・移転等の権利変動のあった日から一五日を経過した後に悪意でされたものであるときに、これを否認することができる旨を定めたものであるから、右一五日の期間は権利変動がその効果を生じた日から起算するものと解される。

対抗要件充足行為は、破産財団の増減という観点からは、権利変動の原因たる法律行為と同様に破産債権者を害する結果を生じ得べきものであるから、本来は破産法七二条の一般規定によって否認の対象とすべきものである。しかし、他方で、対抗要件充足行為はすでに着手された権利変動を完成する行為であるから、原因行為そのものに否認の理由がない限り、できるだけ対抗要件を充足させることによって当事者に所期の目的を達成させることも重視すべきである。それゆえ、破産法七四条は、一定の要件を充たす場合にのみ、特にこれを否認し得ることとし、対抗要件充足行為の否認を制限し、原因行為そのものに否認の理由がない限り、できるだけ対抗要件を充足させることをその趣旨とするものである。このような趣旨にかんがみれば、破産法七四条一項に定める期間の起算日である権利変動を生じた日を判断するにあたっては、形式的に権利変動の原因となる行為がされたかどうかだけではなく、権利者にとって対抗要件充足の可能性があったかどうかをも考慮すべきである。したがって、当事者間において対抗要件充足行為を制限する旨の特約がされている場合には、破産法七四条一項の期間は右特約による制限が解消し、権利者が対抗要件充足が可能になった時点から起算すべき筋合いである。

しかしながら、被告近藤内燃機の主張する登記等制限特約について検討するに、証拠(甲二二、丙二、証人甲野、同白石)、並びに弁論の全趣旨によれば、破産者甲野は、富士銀行検査部において副検査役という地位にあったこと、自己の勤務する富士銀行や千葉信用金庫以外の金融機関から融資を受けることは好ましくないと考えていたことが認められるものの、多面、証拠(丙一、五、証人甲野、同白石)によれば、承諾書は、債権者である被告近藤内燃機の都合・利益のために徴求され、担保提供者である破産者甲野の申入れ・希望等に基づいて差し入れられたものではないこと(もしも、担保提供者の利益のために差し入れられたものであれば、担保提供者のもとにも承諾書が証拠として残されるべきである。)が認められることに照らせば、破産者甲野が多額の負債を抱えていることが判明して社内における風当たりが強まるのを懸念して登記ないし仮登記の猶予を申し出たと推認するよりは、むしろ、被告近藤内燃機がその都合・利益のために徴求した書面であり、被告近藤内燃機と破産者甲野との間の登記手続制限特約があったものということはできない。

しかも、丙一の承諾書は、「1、債務不履行等 2、小切手、約束手形の不渡り等 3、強制執行、仮処分、仮差押え等 4、印鑑証明不提出 5、不動産登記簿の甲区、乙区における新たな登記事項の設定」という事由の発生した場合に担保設定があったものとするというもので、その事由の定め方は、極めて広範囲で、かつ、包括的であり、しかも、いたずらに「等」が付され、非限定的であり、債権者の恣意的な解釈によっていつ何時でも「事由発生」と扱うことが可能なものであり、客観的・一義的に原因行為の効力が発生した時点を判定することは著しく困難である。したがって、右の承諾書は、その作成・交付の時以降ほぼいつでも債権者が登記手続をすることができることとなる。そうであってみれば、右の承諾書の作成・交付された平成八年一月八日が原因行為たる権利変動があったものといわざるを得ない。

そうすると、被告近藤内燃機がした本件仮登記三及び四の行為は、いずれも原因行為後一五日間を経過した後にされていることになるから、否認権行使の対象になるものというべきである。

したがって、原告の被告近藤内燃機に対する請求は、いずれも理由がある。

六  以上により、原告の被告両名に対する請求は、いずれも理由があるのでこれを認容し、訴訟費用については民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官塚原朋一)

別紙物件目録〈省略〉

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